親日国タイの反応

小野田さん死去を悼むタイ人の反応

 

小野田さん

終戦を知らずルバング島で30年間任務を続行した小野田寛郎さんが死去したニュースがタイでも紹介されました。彼の生き方や日本人の精神に感銘を受けるタイ人の反応をまとめました。

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小野田寛郎さん死去 終戦を信じず30年間戦い続けた日本の兵隊

戦争が続いていると信じフィリピン・ルバング島に30年間任務を続けた元陸軍少尉で、ボランティアなどを養成する「小野田自然塾」理事長の小野田寛郎(おのだ・ひろお)さんが16日午後4時29分、肺炎のため都内の病院で死去したことが17日、分かった。91歳だった。葬儀・告別式は親族のみで行う。後日、お別れの会を開く予定。

遺族らによると、体調を崩して6日から入院していたという。

大正11年、和歌山県亀川村(現海南市)で生まれ、昭和19年に諜報員などを養成する陸軍中野学校を卒業後、情報将校としてフィリピンへ派遣。20年の終戦後も任務解除の命令が届かず、ルバング島の密林にこもって戦闘を続け、49年3月に任務解除命令を受けて帰国した。

50年にはブラジルへ移住し、牧場を開業。平成元年には小野田自然塾を開設し、ルバング島での経験を基にキャンプ生活を通した野外活動などでボランティアの育成などに尽力した。近年は都内で生活し、国内各地で講演を行っていた。

sankei.jp.msn.com

小野田さんに関する以前のタイ人の反応はこちら
タイ人「小野田少尉は『英雄』と呼ぶにふさわしい」

タイ人の反応

  • :onionhead045: R.I.P
  • 誠実さ、努力、義務感、規律、これらは日本人がナンバーワンだよ。
    • 人情もね。
  • たとえ、日本が戦争に負けても、日本人の兵隊の精神は決して負けなかった。自らの国をこれだけ早く、これだけ豊かに発展させた。とても称賛できるよ。
  • :onionhead045: :onionhead045: :onionhead045:
  • 日本が敗戦したにも関わらず、信じられないほど発展した世界に誇れる国として再度立ち上がれたのも不思議なことじゃないね。彼らの国には誠実さ、規律正しさ、厳格さがある、それに共に暮らす自国の仲間に対して愛があり、団結している。とても尊敬できることだよ……!!!
    :onionhead038: :onionhead038: :onionhead038: (タイのデモに対する皮肉もあるのでこのアイコンのようです。)
  • おぉ……彼がジャングルから出てきたニュースを見た時は、僕も感動して涙が出たんだよ。
    本当にお悔やみ申し上げます :onionhead006:
  • 彼を思い出したよ。
  • 武士道精神、負けるよりは死を選ぶ。
  • 小野田寛郎という勇敢な兵士の名前を世界に残したね。誠実さを持ち、与えられた責務を忠実に果たす。RIP
  • オオバさんの話(太平洋の奇跡)は絶対見るべき。

อำลาโลกแล้ว..ทหารญี่ปุ่นผู้ซ่อนตัวในป่า 30 ปีเพราะไม่เชื่อว่าสงครามโลกสิ้นสุด
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日本人の反応(35コメント)

  1. 長い間、日本の為に孤独に戦って下さり、有難うございました。
    来世では幸多き人生を歩まんことをお祈り致して居ります。
    今は只々、安らかにお眠り下さい。

  2. ラストサムライ

  3. 50歳を過ぎて外国で新しい事を始めただけでも尊敬するわ。

    靖国や慰安婦についても語ってくれているので、知識として知っている人も小野田さんが残された言葉を聞いて欲しい。

  4. 日本人がじゃなくこの人がすごいんだ
    帰ってきたこの人を当時の日本は追い出したようなもんだしな
    今更自分を日本人精神を代表するみたいに褒められても苦笑いだろう
    むしろこの人がルバングに帰ってきてからの半生のほうが素晴らしい

    • ms ルバングに× ルバングから

    • あなたがおっしゃる事は、まさに正論です。当時のマスコミが、彼を
      日本国から追い出したのです。

  5. タイの人たち、大和魂を理解してくれてありがとう。

  6. この人の人生と言葉から
    人はいかようにも強く生きる事ができるという
    メセージが伝わってくる。

  7. 合掌

  8. 本当にお疲れ様でした。そして有難うございました。

  9. Camel『Nude』は彼をテーマにして作られたんだよな。
    ん?知らない?前田日明のテーマ曲『Captured』の入った
    アルバム。

  10. 海外だと、彼が一兵卒だったと思っている人が多い感じ
    彼は情報将校で、戦後の日本の状況もある程度分かっていたんだけどね

  11. タイの山奥にも終戦を知らずに68年間潜んでいる
    日本兵がいるかも知れないので探してみて下さい。

  12. 終戦を知らなかったのではなく「玉砕を禁ず」という命令を守りぬいた人。
    本当に精神的に強い人なんだろうな。

  13. 立派な人かも知れんけどさ
    戦後数十人もの罪のないフィリピン人がこの人に殺されたというのも事実

    • 戦争が、まだ続いていると思っていた人だったから、免罪しても良いのでは
      ないでしょうか。

  14. もう日本にはサムライなんていないんだよ…

  15. 小野田さんは言い残すことはなかったでしょう。
    なんといっても帰還した折りには、健在なご両親と対面することができたのですから。
    YouTube[小野田寛郎帰国〕で後世に残し続けていただきたい。

  16. この人って亡くなったとおもわれて靖国にまつられたたんだよな・・・
    そのあと靖国で公園したときに、自分は靖国では落第生になりましたが~とか
    冗談もとばしながらも、祀られた仲間たちの気持ちは自分が一番わかるといってたな

    靖国参拝騒動があるけど、この人と靖国をマスコミがつなげて報道できないのは
    そのせいだろう

  17. ブラジルで成功って美談で語られるけども
    当時のマスゴミが日本から追い出したようなもんなんだぜ
    無反省のままの連中が今更素知らぬ顔で特集とか組めるかね

  18. この国のマスゴミは終わってる。正直、今海外に悪く言われるほとんどのことの火種はあいつら。
    そろそろ本気で日本人は怒ると思う。

    • いや、とっくに怒髪天をついているんだが、取り敢えずやることがアサヒ毎日を買わないとか、テレビ見ないとか、そのくらいしかやりようがないので歯がみしている現状。

      どうやったら消えてなくなるんだあいつら。

  19. 表立っては怒らねえよ。自分の家庭を最優先する日本人が多いんだから。でもそれは悪いことじゃないし、仕方のないこと。カリスマを備えた政治家が現れれば変わるかもしれんがな。

  20. なんだか感慨深いな

  21. 左翼のゴミ連中がブラジルに追い出した人か

  22. 小野田氏を殺人鬼のように言う奴らがいるが
    (大体、どういう連中か見当がつくが)、
    発見当時の島民が小野田さんは兵士は殺しても、
    女子供は襲わなかったと証言してんだよね。
    だからこそ、マルコス大統領も恩赦して英雄として遇したわけだし。
    まさに彼こそ、武士の鑑であるだけでなく、世界の軍人の鑑だよ。

    • この話は本当です。45467さんに同意します。

    • 魂は武士だったと思うけど任務としては「いわゆる」忍者だよね?この人。
      本当に日本人のいい所を集めたような人だわ。
      ご冥福をお祈りします。

  23. 海外では殺人犯扱いされてるよね。
    終戦後に殺したから。

    • 45517さんへ   小野田寛郎氏は、日本国が負けて終戦になった事を、
      正確には、知らなかったと思います。
      彼にとっては、まだ戦争中だったという意識ではないでしょうか。

  24. ネットがなければどういうひとか知らなかったと思います。

    マスコミの偏った報道は規制が必要だと思います。

  25. 仲間が投降や死んだあと小塚さんと2人でルバング島を制圧していた事は驚嘆にあたいする。小野田さん達いたから、共産ゲリラやゴロツキが入ってこれなかった。村人達は山に入っていかなければ安全でいられた。だから山にお供え物をして山の神として祟りのないようにあがめた。

  26.  小野田氏さんは1974年3月に元上官による任務解除命令を受けてようやく帰国しました。今回も「終戦を知らずにいた」との報道が一部にありますが、完全な間違いだと思います。
     私の父はかつて海外赴任先のマニラで日本大使館から呼び出しを受けました。「ルバング島でいまだ終戦を知らず戦闘を続けている日本兵がいるらしいから捜索の協力をしてほしい。」との要請だったそうです。昭和31年頃だそうです。当時は、まだ、マニラ市内の日本企業の駐在員も少なく、また、元職業軍人は、なかなかビザが出なかったこともあり、皆、20代の若者だったそうです。父たちは、マニラ市内のホテルの一室に集まり、皆で、郵便ポストのような箱を沢山作り、中に日本の新聞等や、ガリバン刷りのチラシを入れて現地に向かったそうです。おそらくこれが、小野田さん捜索の第一回目だと思います。
     1974年に小野田さんがジャングルから出てきた時の模様はテレビ報道され、当時小学生だった、私には、眼光鋭く威厳に満ちた「現役の日本軍人」そのものの姿として今も印象に残っています。小野田さんが帰国した直後、父は国が主催した慰労会の席で彼とお会いしたそうです。小野田さんが保持していた小銃や軍刀はそのまま使える状態で、実際に米軍や現地警察と何度も交戦状態となり部下を失っています。また、盗んだトランジスタラジオを短波受信機に改造して世界情勢も正確に把握していました。彼は決して当時のマスコミが書いたように、終戦を知らずにいた訳ではありませんでした。勿論、父達日本人の捜索隊も部下と共に監視していたそうです。
     「決して自決せず、何年でも生き残って情報収集に努めよ」との密命をしっかりと守っていたのです。つまり小野田さんは「信じられないほど優秀な情報工作員であり、同時に戦闘要員」だったことになります。ご冥福をお祈りいたします。

  27. 馬鹿じゃないんだから、終戦・・・敗戦は知っていて当然だよ。

    問題は日本が傀儡政権にやられ、日本国内や海外で戦っている人達がいると信じて、自分達も戦っていたという事だろ。

    現実戦後70年も洗脳され、情報戦を戦ってきたんだ。負け続けだけどな。

    人間が人間である以上、戦争は無くならない、永久に続くんだ。だから今も戦わなければならないんだよ。逃げたらそこで試合終了だ。永久奴隷だ。

  28. 小野田さんの投降直後の写真ってどれも凛とした軍人然とした表情だけど、
    晩年の写真見るとすごく優しそうなおじいさんになってるんだよね。

    穏やかな晩年を過ごされたと信じると共にご冥福を祈らせていただきます。

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