親日国タイの反応

第二次世界大戦中「日本人兵士とタイ人女性の悲恋」からタイに餅が伝わっていた!?

 

クーカム

タイのネットでたまに話題になる「第二次世界大戦中の日本人とタイ人の餅にまつわる恋物語」を紹介します。信ぴょう性がどの程度あるのか分かりませんが、リアリティのある後日談やタイ人の反応をまとめました。

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餅(もち)〜日本兵とタイの女性の恋の物語

もち

餅の歴史は第二次世界大戦、タイのバーンナー群(ナコーンナーヨック県)の女性と日本軍兵士の忘れる日がないほど深い深い恋の物語から始まります。しかし、その後、餅は反体制的なものとして販売を禁止されることもあったのです。

ずっとむかし、そのむかし、第二次世界大戦中のことです。日本軍はタイのナコーンナーヨック県に駐留し始めました。そこで、タイの人々は駐留している日本兵に様々なものを販売し始めたのです。

バンナー

タイの女性パンナーは家族と共にお菓子を日本兵に売っていました。カノムカイヒア(砂糖をコーティングした丸い揚げドーナツのようなもの)、クルアイトート(バナナを揚げたもの)、サラパオトート(揚げパンのようなもの)などタイの伝統的なお菓子です。彼女はお菓子を売っているときに、一人の日本兵サトウと知り合います。

佐藤

頻繁にお菓子を求めにくるサトウ、二人がお互いに好意を持つまで長くはかかりませんでした。仕事中に、あるいは仕事が終わってからお互いの国のつたない言葉で会話をする時間が二人の楽しみでした。そんなある日、サトウはパンナーに日本のお菓子のひとつ「餅」の作り方を教えます。そして、「餅」ができあがると彼はパンナーに言いました。「このお菓子は自分たち日本人にとって大事なもの、日本の伝統的なお菓子だ」長く戦地にいる兵士たちにとって餅のような日本のお菓子は故郷を思い出せるとても懐かしいものでした。「だから、もし自分がいなくなっても、恋しい時にはこれを作って自分のことを思い出して欲しい」サトウは他の地域に移動することが決まっていたのです。それから何度かパンナーに「餅」の作り方を教え、彼女も上手に作れるようになりました。サトウはパンナーが作った「餅」を食べると言いました。「これでパンナーも日本のお菓子が作れるようになった。パンナーの作るお菓子がやっぱり一番旨い」そして、いよいよサトウが移動する日が来たのです。「恋しく思ったら餅を作ってくれ。必ず生きて、また会いに戻ってくるから」

サトウがいなくなった後もパンナーは日本兵にお菓子を売る仕事を続けました。ただ、ひとつだけ売るお菓子を増やしました。サトウに教わった餅です。サトウは別れる前に、もしできるなら「餅」も一緒に売って欲しいと頼んでいたのです。彼女の作る餅は日本兵に大変好評でした。

日本が第二次世界大戦に敗れると、日本兵たちは故郷に引き上げていきました。パンナーはナコーンナーヨック県のタイ人に餅を売り続けていましたが、ある日タイの兵隊がやってきて「この餅というのは日本のお菓子だろう。こんな反体制的なものは食べるのも、作るのも、売るのも禁止だ」と販売を禁止されてしまいます。しかし、それでもサトウが恋しくなると、いつも愛するその日本の男性のことを思いながら、こっそり餅を作るのでした。彼が戻ってきて、自分の作ったお菓子を食べてくれる日が来ることを願いながら…。

そして、数十年の月日が流れ、この話を覚えている人はほとんどいなくなりました…。

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2004年、シリントーン王女様がこの餅の物語のことをお聞きになります。そこで、親しい軍関係者に命じて、古い餅を探させました。そうしてタイ各地から探してきた餅を王女様は召し上がるのですが、しかしどれも日本の餅ではありません。(シリントーン王女殿下は秋篠宮文仁親王の婚儀に出席されるなど日本にも数回訪れておられるので、日本の餅を食べたことがあったのかもしれません)このことを知った当時のナコーンナーヨック県知事パイラット氏は過去にバーンナー群で餅というお菓子を作って日本軍の兵士やタイ人に売っていた女性がいたことを思い出します。パイラット氏はいまや年老いてお婆ちゃんになったパンナーを探し出し、彼女が作った餅を王女様に献上しました。王女様はその餅を一口お召し上がりになると「これこそがわたしくの探していたものです」と仰りました。その後、パンナーお婆ちゃんは自分の作った餅を王女様の手に献上する名誉に預かったのです。そして、この餅というお菓子の物語はタイ各地に広く伝わることになりました。まるでタイで一人の女性がいまもなおあの日本兵サトウを待ち続けていることを伝えるかのように。パンナーおばあちゃんが亡くなった時にはシリントーン王女様もその葬儀にご参列なされたといいます。

P.S. 「クーカム」はこの話が元になってるって聞いたことがあるよ。 :onionhead022:

(「クーカム」は第二次大戦中の日本兵とタイ人女性の恋愛を描いた、タイで知らない人はいないほどの超有名作品です。とても人気があり、現在までに映画が4回、ドラマが6回制作されています。)

タイ人の反応

  • この物語は本当に悲しいね。 :onionhead088:
  • 凄く感動したよ…純粋で一途な愛、昔の人は本当に尊敬できるよね。 :onionhead020:
  • 泣ける〜。
  • 僕もカフェで売ってるお餅が好き〜。 :onionhead074:
  • この女性の写真は本物のパンナーお婆ちゃんなの?
    • 僕もあまり自信はないけど、ソース元の記事によるとそうらしいよ… :onionhead079:
  • :onionhead051:
  • この昔のお餅はいまどこで食べられるの?
  • ドラマ化決定 bunny.crying
  • 笑えるコメントをしようと思って入って来たのに、なにも出てこないよ。 :onionhead088:
  • 本物の「餅」は餅粉から作られたものを焼いてソースを付けたものだよね。超〜〜美味しいよ! ただ、タイで一般に食べてるのは「和菓子」だよね。
    (タイで一般的に餅と呼ばれているのは饅頭のようなものが多いです。)

    • それは「団子」じゃないの?
    • そうそう、団子だよね。餅を別の呼び方するなら「大福」かな。日本の歴史では奈良時代(約1300年前)からあるんだよ。
    • 違うよ〜。団子は一般的に丸い塊にしたものだよ。僕は日本料理屋で働いてるんだ。餅は普通は四角いものだね。Googleで調べてみてもいいよ〜。

    タイ人「日本の仙台でのお餅の食べ方を紹介します」→「美味しそう!!!」
    主に仙台でのお餅の食べ方や種類がタイの掲示板で紹介されていました。日本のお餅を食べたことがあったり、アニメで…
  • 海にでも行こうかなって思ってたのに、餅を食べに行きたくなったよ。 :onionhead088:
    お婆ちゃんの餅の作り方を継承してる人はいるのかな? オリジナルを食べたいよ。 :onionhead088:
  • :onionhead076: :onionhead076:
  • 感動した〜。 :onionhead025:
ขนมโมจิ ตำนานรักทหารญี่ปุ่นกับสาวบ้านนา
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日本人の反応(92コメント)

  1. ドラマ「クーカム」日本語字幕
    ググればすぐ見つかる。
    タイに興味のある方は必見。

    • やべぇググればの「゛」と「タイ」が重なって「ゲイ」って読んでしまった

      • ハハハハハ!座布団一枚!

  2. この佐藤さんはどうなったんだろう?

    • 戦死か戦病死か……重度の戦傷で、日本に送還されたかも。

      • そうであってほしい。忘れて日本で暮らしてるとかはイヤだ。

        • 仮に日本に戻っても、忘れはできないと思うよ。

          国は違うんだけど、もし機会があったら「ボッシュの子」って本を読んでみて!
          フランス娘とドイツ男の間に生まれた女性の、自叙伝なんだ。

          • 当時、現地で結婚して帰国しなかった兵も多いんだよなあ。

  3. タイ人さん、丸い餅もありますよ!

    • 関西以西は丸餅の印象がある。
      うちは九州だけど、お餅は丸いよ。

  4. サトウの切り餅~♪あーもちもちもっちもち

    • え、創業者とかじゃないよね!?

  5. 佐藤さんの写真まであるなら
    その後の佐藤さんも調べられると思うんだが
    東南アジアは激戦地だから多分戦死したんだろうな・・・

    • おそらくミャンマーか雲南で亡くなっているだろうね。
      ミャンマーには、たくさんの慰霊碑があるし。

      • そういやあ、うちの親類にもビルマ(当時)で戦死したのが居たっけ。
        確か、インパールで。

  6. もちは炊いた餅米をついたもので、粉にして練ったものが団子。
    大日本帝国の世代がこの二つをごっちゃにするとは思えないが。

    • 間に、何人もの話者や翻訳者が入ってる話だよ。
      齟齬はあると思うし、実際のおばあさんの餅も見てない訳だから、仕方ない。

      あと、九州では、餅を作る時は、炊かずに一晩水に浸した糯米を蒸籠で蒸すよ。
      炊くと水分が多すぎて、べちゃべちゃになるから。

      • いや、関東でも餅は蒸したもち米で作るよ。
        炊いたもち米を使う地方ってあるのかな?
        ただ、お菓子として作られていたんだから、普通の餅ではなさそう。

        • 現在のタイで餅と言われているのが饅頭みたいなものらしいし、原型だけは残ってると仮定すると、大福みたいなものを餅と呼んでたのかなとか想像できる。似た味のモノが残ってるとしたら、すあまなんかも想像の範囲か・・・

          実際、どういうものだったんだろうね(○´Д`○)

        • 徳島にタイの人が言ってるような炊いた餅米を使う奴があるよ
          んでその餅に餡子を入れて焼くって工程も入る地域もある

  7. タイにも餅米あるし餅っぽいのくらいあるんじゃないのって思ったら、日本とは別の食べ方してるってことかー
    恋人は帰って来れなかったんだな…

  8. かき餅かな?

    • そっち系も有り得るかも。お菓子とのことだから

  9. すげぇ、なんかすげぇ。

  10. 微妙に伝言ゲームが失敗してる感があるな

  11. これが残虐な植民地支配をした日本軍なんだなwどこをどうやればそうなるんだ?

  12. >ずっとむかし、そのむかし、第二次世界大戦中のことです

    ・・・・って最近じゃん!w

  13. サトウ~の切り餅~♪ モチモチ~モッチモチ~♪

  14. 「待ち続ける」っていう切なさが日本人的な琴線にも触れる話だね。

    • 人の営みだから・・・
      後世の人が、地獄のような時代だと思ってる所に突然、探しても居ない美談が現地の人から飛び出してきたりする。あれ?変だな?日本は侵略戦争したんじゃなかったっけ?w

  15. サトウさんがどこの出身かによって、人によっては馴染みのない形の餅が出てくるかもw

  16. 餅はもち米を蒸してついたもの。
    団子はうるち米などを挽いて粉にしたものから作る。
    って、母(実家が農家)が教えてくれた。
    春になると笹団子や蓬団子を作ってくれた。
    というか食わされた(よもぎは苦手なんだよねw)

  17. この人が日本に帰り餅を作る会社を作り、タイにまでその名前が届くように会社を大きくしました。
    それが日本人なら誰もが知っているサトウの切り餅の誕生日秘話でした。

    とかだったら胸熱だな

  18. マスターキートンの鯉のぼりの話思い出した

  19. それ一番書いちゃいけない親父ギャグ級陳腐なネタ。

  20. これ、お菓子として売ってたと言う事は、本物の餅じゃなくって、
    求肥的なもんとか葛餅的なもんとか白玉的なもんとかの、
    ヴィジュアルで餅とも呼ばれてるが厳密には餅ではないなにかっぽいよね
    お菓子の現物画像があれば、我々ならたぶん正体を特定できるし、
    特徴からサトウさんがどのへんの出身者か推測つくかもしれん
    タイ語得意な人、画像を発見したら貼ってみなはれ

  21. 餅のお菓子って事は団子かすあまなんじゃないかな

  22. Wikiで調べてみた。

    寿浜(すあま)  蒸したもち米を搗くことで粘りを出す餅に対し、求肥は粉にしたもち米に水と砂糖を足して火にかけて練ることで粘りを出す。

    求肥(ぎゅうひ)  上新粉を湯でこねて蒸し、砂糖を加えて熱いうちにつきあげて作る[1]。上新粉のモチモチとした弾力の食感と、餡などを入れない控えめの甘さが特徴。かつては固くなりにくい餅として重宝されることもあった[1]。江戸時代に木場で誕生したとも言われる

    実物が見たいなあ…

    • ごめん、すあまと求肥の説明が逆になってる。

  23. 和菓子は甘くてあまり好きではないが、すあまだけは別だ。
    ほんのりと甘いすあま。食べたくなってきた。緑茶と一緒に。

  24. 御伽噺みたい

  25. 泣く子は餅を一つ余計にもらえる二ダ!

  26. 佐藤さんの写真が小さいから判りにくいけど横棒一つに見えるから

    階級は兵長さんかな?。

    • 兵科は、モノクロだから判らないよねえ。

  27. タイってアジア屈指のメシウマ国家だよな
    舌は確かなもんだろ

  28. なんか昔話風のお話だな

  29. 昔々の話なのに、同時代の出来事をしつこく突っかかってくる民族がいるそうだ

      

    • いるそうだねえ。
      困ったもんだね(棒)

  30. じつはミャンマーにも日本兵とミャンマーの娘さんとの恋愛話があって
    むこうでは映画化されてたらしいよ
    内容も好意的な内容だったらしい

  31. 日本でも映画化するべし!

  32. 写真が本物だとしたら、
    そりゃこんなかわいい子が菓子売ってたら通うわw
    笑顔がイイ

    • かわいいね。
      向こうの照りつける日射しの中でみたらより輝いてみえそう。

  33. ええ話や(´Д⊂ヽ

  34. 映画化したら、おばあちゃん御臨終時に戦死した軍服姿のサトウさんの霊がお迎えがくるんだな
    「パンナーごめんよ、長いこと待たせたね」
    「サトウさん!!ずっと会いたかった!」(ここで観客号泣)
    画面に白い紗がかかり、二十代担当の女優にスイッチ
    乱れ飛ぶCG効果の中抱き合って昇天する二人でジ・エンド
    あれ?なんかほぼ陰陽師で観た気がすんなこれ

    • ハリウッドの戦争系悲恋物だと結構メジャーな演出かも。
      似たようなのをタイタニックでも見た気がしたし。

  35. 日帝はモチでジェノサイドしようと思ってたニダよ!

  36. 良い話じゃねーか、映画化決定だな

  37. タイ王国のナコーンナーヨック県バーンナー近郊に駐屯してたというと第37師団か。
    史料によればマレー半島への配置換えが決まって移動中に終戦を迎えたようだから、
    「サトウは他の地域に移動することが決まっていたのです」
    というのも個人としての転属ではなく所属部隊丸ごとの移動かもしれんな。
    そうだとすればサトウさんは助かってた可能性が高い。第37師団の兵士たちは終戦翌年の1946年には日本に復員してるし。

    ちなみに第37師団は久留米で編成された部隊で兵士の多くは九州出身だから、サトウさんもおそらく九州人だな。

    • 光?
      菊や烈じゃないよね。

      • 元「光」だな。
        「光」はシナ派遣軍に所属してたときの通称で、タイに移動してからは「冬」と呼ばれてた。
        タイにある第37師団慰霊碑にも「冬」と書かれてるらしい。

        • 詳細ありがとう。
          サトウさんのみならず、亡くなられた方々のご冥福を御祈りしつつ。

  38. クーカムはおもしろい
    日本では放映できないんだろうな
    マスゴミが反日だから

  39. とはいえ餅ってたまに飲み込むタイミング間違えてタヒにそうになることあるよな
    王女様が召し上がったのは醤油餅?きな粉餅?

  40. 当時の東南アジアは西洋列強の植民地にされていたのに、タイだけは独立を貫いた凄い国なんだよな。
    周りをフランスやオランダやイギリスに囲まれていたのに植民地にならなかったのは、国王の政治手腕が素晴らしかったのかもしれない。

  41. 一応言っとくけど日本とタイは戦争してないからな

  42. まあ、よくある話だよね
    日本版なら蝶々夫人ってとこかな
    台湾でもそんな映画あったよね、兵士じゃなくて日本語教師だったかな
    フランダースの犬とか、日本は悲劇が好きだとかよくいわれるけど、やっぱ悲恋ってどこの国でも人気なんだろうなぁ

  43. タイの人はやさしいなあ
    隣がタイだったら良かったのに

  44. 餅大好き

  45. あかん・・・ちょっと涙ぐんでしまう。

  46. ほんまかいな。
    でもまあひまわりとかあるし、よくある話ではある

    • ひまわりは兵士生きてるやんw

  47. 靖国で眠ってるの?

    • 戦死扱いなら。
      不明だとどうかな。

  48. 良い話だけど、タイには餅なかったの?コメ作りが盛んな国なのに?
    ちなみに今日食べた切り餅も原材料がタイ産だ、いつもお世話になってます

  49. 日本ではよく、正月に餅で死亡するってのが有名だけど。
    他のアジアには、そう言ったのが無いでしょ。
    なぜなら、餅の概念が違うんだよ。
    他のアジアでの餅は、日本みたいに延びないんだよね。
    だから、杵や臼も日本とは違うよ。
    あっちは、捏ねて作る感じだし。よって、日本の餅は日本だけの物だね。
    当然、もち米も違う。日本は改良して作っているから、タイ米とは違うし。

    ちなみにタイは、第二次世界大戦の時の日本の同盟国だから、
    侵略もしてなければ、別に虐殺もしてないからね。
    日本軍に対して、別にマイナスイメージは持ってないはず。
    まあ、戦後教育で勝手に反日したのなら別だけどさ。
    韓国と違って、ドラマ化できるでしょ。

    • タイの東北地方ではモチ米食うよ

  50. 名前覚えてないけど、タピオカとココナツミルク味のプディングと二層になってて、葉っぱで回りを(鮨の軍艦巻きみたいに)囲ってある、甘くて濃い味わいのタイの御菓子が食べたくなった。
    長くてごめん(^-^;

  51. 写真が出てるって身元割れてるんでしょ?恋愛話は結構あるね。台湾もそうだし何とか7号忘れたわw ヨシアキ(スティーブ゠フラハティ)の方が考えさせられるけど

  52. 泣けたぜ

  53. 誠実な民族同士のいい話だと思う。でもサトウ氏がその後どうなったのかは
    敢えて追求しないほうが美談として終るだろうなあ。
    最悪の場合生き残って帰国したと同時に東京裁判で・・・って展開だと後味がねえ
    戦犯として扱われたとしたら死ぬまでの間地獄が生ぬるい生活を送っていただろうから。
    どんな惨い目に合わされていたのか知らない人は一度調べてみてね。私は涙腺が壊れたよ
    涙なしには語れない。今生き残っている元日本兵の皆さんに言葉が見つからないよ。
    ほんとうに強い人達だったなって思う。日本人の誇りだよ

    • 「アーロン収容所」もお薦め。

  54. 凄いいい話だ。感動した。

  55. サトウの切り餅の会社って戦後創業じゃねぇかwww

  56. ※128500
    >サトウ氏がその後どうなったのかは 敢えて追求しないほうが・・・
    そう願うわ。生きていらしても、そっとしておいた方がいい話。

  57. 泣けた。。。

  58. パンナーさんの、その後の人生が幸せだったと信じたい

  59. いいはなしだな~

  60. 管理人さんが言ってたモチにまつわるエピソードって、これのことだったのか
    しみじみした、いい話だ

    いつか料理の先生のまとめ記事も頼んます

  61. なんていい話。涙が出るね。

  62. あの〜凄くいい話で、話は本当のなのかもしれないけど・・・
    (在タイ者から言わせてもらえば)戦前からタイには多くの日本人が住んでいて戦前・戦中も日本人街があり多くの日本人が暮らしていた。タイに日本の餅はにそのころから普通にあったよ。ナコーンナヨックには伝わってなかったのかもしれないけど

  63. 二人は生まれ変わって今度こそ一緒になっている事を祈ろう。

  64. 戦時中、自分のじいちゃんももしかしたら、その場所にいたのかなって
    思ってしまった。もしかしたらこんな淡い恋物語が、じいちゃんにも
    あったのかな…と思ったら微笑ましくもあり、何となくヤキモチを
    焼いてしまいそうな孫(自分)。

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