親日国タイの反応

タイ人「最強の侍といえば『宮本武蔵』だよね?」

 

日本でもとても有名な武士の一人「宮本武蔵」のことがタイで紹介されていました。 巌流島の決闘がとても有名な武蔵を見て、他の漫画作品を思い浮かべるタイ人の反応をまとめました。

  2014年05月23日の人気記事TOP6

日本の最強のサムライ「宮本武蔵」

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uemo.onion49b …サムライは最も実戦に長けた戦士と評されています。彼らが身についけていた「カタナ」という武器は最も鋭利な武器として世界からも評価されています。そして、日本人自身も最強の侍であると認めるのが、この「宮本武蔵」なのです。

「サムライ」を翻訳すると兵士です。しかし、「有力人物などに仕える身分」としての意味もあります。そのため、仕えるもののいないサムライは「浪人」と呼ばれました。そして、宮本武蔵もこの浪人に属したのです。彼は1584年、播磨の国のサムライの家系に生まれました。父親から武芸の指導を受け、14歳(正しくは13歳)の時には決闘で相手を殺しています。その後、師を失った彼は、当時の他の若者と同様に武勲を求めて関ヶ原の戦いに参加することを決意します。

戦乱の時代に終止符が打たれると街には浪人が溢れました。武蔵もその一人です。浪人たちの日々の生活は困窮していました。闘いで名を上げることだけが有力大名や貴族などに仕えるための唯一の道でした。

宮本武蔵の若い頃はそれこそ殺し合いの毎日でした。数えきれないほどの決闘を繰り返しましたが、彼は一度として負けたことはなかったのです。ある時は、京都の名門吉岡流の継承者を倒し、さらに激昂して挑んできたその弟子たち70人以上をも斬り捨てたと言います。

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しかし、最も有名なのはやはり巌流島での剣術師範佐々木小次郎との決闘でしょう。この決闘は有名な二人の剣豪のいずれがより強いのかを決めるため、大名公認のもと執り行われました。(この決闘場所には記念碑が建てられています)

当時、宮本武蔵の名は日本全国の武将たちの間に広まっていました。彼を仕官させたいというものもいましたが、当時の武蔵はもう誰かに仕えることを選ぼうとはしませんでした。さらに巌流島以降、武蔵は命がけの決闘をやめてしまいます。晩年の彼は創作活動に打ち込み、書物や水墨画を残しました。また、後世に大きな影響を与えた「五輪書」も執筆しました。

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宮本武蔵は日本人の間での評価も高く、第二次世界大戦では戦艦に彼の名が付けられています。(実際は武蔵国という地名から) 夢を追い続けた彼の生涯は人々から愛され、ドラマや小説、漫画になりました。著書の一部は翻訳され、いまなお海外で販売されているのです。

タイ人の反応

  • 18
    最強といえば抜刀斎を忘れてはいけない。
  • 1330799532066290500
    「ホワイトホール白い明日が待ってるぜ!」  :onionhead056:
  • 僕も大好き。 :onionhead051:
  • バガボンドの話と同じ?
    • バガボンドは彼がモデルだよ。 :onionhead082:
  • この人、そろそろ刃牙と闘うよ。
  • YAIBA :onionhead060:
  • YAIBA…ハハハ。
  • onime_no_kyo
  • いいねいいね〜。 :onionhead060:
  • 数年前にタイ語に翻訳されている本を読んだことがあるよ。(漫画はあまりにも展開が遅いから、とても待てなくて)
    2-300ページはあったけど、面白くて一気に読みきっちゃった。
  • ゾロ
    彼も決闘に参加させてくれるかな? ハハハ。
  • :onionhead060: 紹介ありがとう。 :onionhead060:
  • でも、僕も自分の刀の扱いは得意なんだよ。 :onionhead001:
  • 新右衛門さんは? :onionhead021:
  • 僕の友達は自分のことを「ミヤモトだ」っていうぐらいファンだよ。でも、僕もバガボンドを読むときは夢中になっちゃうんだ。 :onionhead046:
  • 結局、巌流島の決闘では宮本武蔵が佐々木小次郎に勝ったってこと?
    もっと詳しくこの話を知りたいな。その時、小次郎は死んじゃったの?
    (漫画じゃなくて、本当の話ね)
  • 織田信長は?
…ซามูไรที่เก่งที่สุดของญี่ปุ่น
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日本人の反応(84コメント)

  1. 信じちゃダメよ

  2. コピペ

    武蔵はやばい。超やばい。まず身長がやばい。
    平均身長157センチくらいの江戸時代で187センチ。
    岡本隆史と室伏広治が闘うようなもの。
    そして慎重。臆病なほど慎重。闘う相手や決闘場所を入念に下調べ。
    相手の得意武器に一番有効そうな武器を使って、有利な場所へ追い込む。
    刀や槍はもちろん、ぶっちゃけ弓だって使う。
    そんで卑怯。まじ卑怯。巌流島で小次郎に勝った後、小次郎が動き出したのにビビッて待機させていた弟子にフルボッコさせてる。
    小次郎の死因はフルボッコ死。
    体格に恵まれ、慎重で、卑怯。もう誰も勝てない。
    ちなみに武蔵と小次郎の年齢差は、武蔵が朝青龍と同じくらい、小次郎が楳図 かずおと同じくらい。

    • それ、普通の白人だよな?
      沖縄で空手やってっけど、米兵に似たような白人はいくらでもいる
      張り切って参加するわりには練習最後の組み手は極端に嫌がる(怖がる)
      断れなくてイヤイヤ参加するもへっぴり腰、一発食らうと顔真っ赤、更には辞めるまで根に持つ。
      結局銃が強いと結論を出す。

  3. 日本の剣豪の最強候補って他にもありそうだがなあ、
    伊藤一刀斎とか。
    ただ、武蔵は「五輪の書」が海外でも有名なので、
    そっちでの知名度的には有利なんだろうな。

    • 武蔵とジライヤは有名みたいだね。

  4. 現代の知名度は一般ウケする小説家を味方につけたか否かで決定されてしまうけど。
    そういうのを抜いた実力で言えば、最強の侍といえば上泉信綱じゃないかなあ。

    フィクションでの扱いで最強の侍の候補といえば、宮本武蔵と柳生十兵衛が
    実在した人物のなかでは間違いなくツートップだろうな。

    • 俺は十兵衛に関しては眉唾だと思ってる。
      実際柳生でもっと上の高弟は多数いるし、
      何より隻眼で健常者より強くなれるとは考え難い。
      並の剣豪程度にはなれるだろうが、最強には身体に欠損があっては不可能だと思う。

  5. 武将としても剣士としても教師よしても優秀な、上泉信綱こそ最強だと思う

  6. 最強の侍はライオン 丸だろ、変身するし空飛ぶし。

  7. マンガの影響じゃないのかな?
    厳密には違うかもしれないけど、『上泉信綱』じゃないのかな?最強の侍って括りなら。
    一対一でやりあう剣豪なら武蔵で良いと思うけど…。

  8. 所謂剣豪って人達は皆強かっただろうな
    普段から殺し合いやってる人達から強いと思われているんだから

  9. だって烈海王にあっさり勝っちゃったし。

  10. 決闘して負けなかったのは事実。
    もしそうでなかったら途中で斬られて死んでる。
    名前も残らない。

  11. 武蔵は侍ではないだろ

  12. 武家の出ではないが間違いなく剣の達人というか闘いの達人だと
    大合戦や私闘、立ち合いをこなしての往生だから強いのは間違いない

  13. 柳生十兵衛は?

  14. そう言やあまり知られてないが
    当時の佐々木小次郎って確か50代後半で、当時の寿命では随分な爺ちゃんだったんだよな

  15. 色々な流派の剣術があるが、日本人でも誰が最強かはわからない

  16. 剣豪⊆侍

  17. 父親が黒田家に士官してたんだから一応武家でしょう
    時代的にも名を挙げたら農民でも士官できて武家になれる時代だろうし

  18. 上泉信綱-最強説こそ、実力ではない政治的な理由が大きいでしょうがw
    家康が弟子となって以来、徳川家で代々贔屓にされることになった柳生新陰流の始祖が
    上泉信綱だったから剣聖として崇められ、それが江戸時代を通じて庶民の間に広まった
    そういうことだろ
    武蔵は何の政治的つてもなく一介の素浪人から出発して、一代で名声を確立したのだから
    実力評価の純粋さという点では、武蔵のほうがずっと分はある
    吉川英治なんて昭和も半ばの小説家だろ
    武蔵はそれ以前からすでに民間で伝説的な剣客になっていた

    • 柳生の他にも強い弟子をたくさん輩出してんだが?
      むしろ柳生なんて弟子の中では弱い部類。
      大名だから剣名が上がったのはむしろ柳生。

  19. 細川家から認められてるし剣の腕は相当だったと思うけど
    どちらかと言えば戦術的な人の印象がある

  20. やっぱ剣術家なら上泉じゃないかな?
    武士なら可児才蔵が最強やと思う

  21. 佐々木小次郎の隠し子が宮元武蔵だったんだよな。息子の成長を見るために
    わざわざ巌流島まで行ったんだよな。これ豆な

  22. 神子上典膳だろ

  23. 剣豪だけじゃね。。武将じゃなく「個人的に強い侍・武士」というならば
    平安末期の悪源太義平、鎮西八郎為朝、能登守教経とかも入るかな。。

  24. 出陣して農民の投石でダウンするような雑魚はNG
    柳生も丸目から逃げ回っただけのチキンだから除外

  25. よく勘違いしてる人いるけど江戸時代の平均身長は低くても武士の身長は今か今以上だぞ。
    農民はもちろん小さいがその中で武蔵が異例だったってだけ。

  26. >>139839
    分かってたけどここでそのネタバレくらうとは思わなかったよ
     
    最強は鎌倉武士の無名の誰かじゃない

  27. なんか侍が最も実戦に長けた戦士ってのに違和感ある
    相対的なものに言い切るのは駄目だろう
    こういう風に日頃から言われれてるから韓国人が嫉妬するし、毎日侍下げのスレが立つんだと思う。あいつら日本が自分たちみたいに文化マーケティングしたと思い込んでるし。
    日本人からすればいい迷惑だよ

  28. 決闘で強いのと戦で強いのはまた違うよね

  29. 弟子を使って相手をボコボコにする卑怯な侍といえば宮本武蔵

  30. >新右衛門さんは?

    アニメの一休さんでの新右衛門さんは足利義満配下で最強って設定だった。

    • まさかの登場で吹いたけど
      そういやむこうで一休さん人気なんだったなたしか

  31. 戦艦は昔の国の名前、今でいう県名から付けられててこの武蔵からではないよ

    • そう本文に補足が書いてあるだろ

  32. 侍って概念が出来たのは江戸時代に入ってからだろ?
    武蔵が生きてた時代はまだ、剣豪、武芸者、武士、浪人、そう言う括りだったと思う。

  33. さ、最強なのか?
    戦場での手柄の無い雑兵でしょ。
    指揮も出来ず・武功も無い。
    街中で士官目当てのチンピラを斬ったくらいでしょ。

  34. 宮本武蔵は典型的な武芸者やね。
    剣術を頼みに身を立てた流れの芸人。今でいう格闘家みたいなもんで、戦士ではない。
    当時は道場持ちになるためだったり仕官を求めて、名を売るために剣を使った浪人がいっぱいいたから。
    もちろんリスキーな戦場になんて滅多に出ないよ。

  35. 誰が最強かとかは、あの時代のことは微妙なものがあるが、
    『五方の搆ハ、上段、中段、下段、右の脇に搆る事、左の脇に搆る事、是五方也。
     搆五ツにわかつといへども、皆人を切らむため也。
     搆、五ツより外ハなし。
     何れの搆なりとも、搆ると思はず、切事なりと思ふべし。』
    は、納得した。
    相手をたたっ斬るための構えであって、構えるための構えではないというのは、
    目的観という意味で、結構自分たちにも当てはまるもんな。

  36. 侍となると剣術より弓のイメージなので源為朝かな

  37. いくさで強いのが本物だと思うなぁ

  38. 平安鎌倉武士で一騎討ち最強みたいなのいないの?
    個人的には足利義輝が好きだが最強ではないわな
    てか皆やりあってないから最強なんてわからんわな

  39. それにしてもキモタコ緊張感のねえ顔してるな

  40. 当時の決闘は、きちんと申請して許可が下りないと出来ません。
    ちなみに、真剣は使ってはいけない。
    よって、木刀で戦った武蔵が正解。佐々木小次郎は卑怯者。
    なので、処罰を受けて当然です。

    • 武蔵の時代は許可いらない

  41. 日本じゃもっぱら卑怯者のレッテルがあるよな。
    負ける戦いはしないのが武蔵って感じで。もちろんある程度の腕はあるんだろうけど
    最強かと言われたら違うと思うね。武勲がないもの。

  42. 歴代最強とかならやっぱ鎌倉武士になるのかな

  43. 明治になってスポーツ柔道が普及するまで、「負ける戦いはしない」「勝ちさえすればいい」が武士の本分。小次郎は入門してすぐ、イジメた兄弟子を闇討ちして「あいつは根性がある」と師匠や先輩に褒められたとか・・・明治時代でも、寝技の得意な柔術家は寝転び、投げワザの得意な柔術家は決して寝転んだ相手に仕掛けようとはしなかった。「教育的指導」で両者マイナスポイントを取られることもなく、敵を知り己を知る者達だ、として引き分け無試合になっても褒められた。正々堂々というのはスポーツの感覚にすぎない。

    • 創立期の柔道は柔術扱いされていた上に、スポーツですらない。講道館四天王の内、3人は元から柔術家で、嘉納治五郎がスカウトした(だから警視庁武術大会の時も同じ系統の柔術家流派の動きは熟知していた)。

      後に十段となる某柔道家がロシアに行った時の話で、野犬の群れに囲まれた。一匹が飛びかかってきた時、股ぐらで犬の頭を挟み込み、短刀で一突き。刺し殺した犬を放り投げると、犬の群れが死体に食らいつき、その光景を見たその人は、地獄があるとすれば、こういう所なのだろうと思ったという(柔道家でもこのくらいの動きはできる

    • 腹を切れ!!

    • 正々堂々と戦うことが至上であるとは、すでに平安末期の兵法家大江匡房が著書「闘戦経」で説いている。

  44. 江戸期に鉄人流(二刀流で、流祖を宮本武蔵とする)の武士がある藩に来た時、農民だが180cmもある為、士分にとり立てられた男の話を聞いた。刀も男の背丈に合うくらいの長さだった。その武士は、「ぜひお相手してほしい」と、男の父親にいったが、剣の腕は空っきしなので、と断られた。ただデカいというだけで武士になれても、実力はともなっていなかったという話

    一刀流の書物に、柳生十兵衛が小野に負けた上、小野の道場にこっそり通っていたという記述がある

  45. 流派の開祖となった弟子を14人も輩出した念阿弥慈音が最強

  46. 親分 「先生お願いします」
    先生  (斬られる)「覚えてろよ!」

    ちりめん問屋の社員の 助さんが一番でいいです

  47. 徳川家の合戦の評価表で、一人だけ130個くらい首を取ってる男がいたな。
    最強はそいつじゃなかろうか。
    ちなみに本多忠勝も将でありながら30くらい首をとっててベスト10入りしてたな。

  48. 和歌で、最高なのは?
    相撲で、最強なのは?
    というのもある。

  49. 芹沢鴨ってのが相撲取りの一団とやり合って斬り殺してるけどそこそこ強かったんでない?新撰組の連中も芹沢夜討ちするときかなり慎重に人選したみたいだし。
    角材持った力士一団を刀で切り倒すのってかなりのモンだと思うの
    ホントかどうか知らんけどね

  50. 実際はかなり卑怯者だったらしいよ

  51. 暗殺されてなお名を上げた足利義輝も候補にいれてよいかと

  52. 剣聖の上泉さん

  53. 戦艦武蔵は昔の東京あたりの国の名前からきています。

  54. 地元贔屓で丸目長恵(蔵人)を推したい

    上泉伊勢守の弟子で柳生石舟斎や宝蔵院胤栄等剣豪と同門、将軍足利義輝の御前で師の相手役を務めた辺り、弟子の中では一番見込みが有ったのかなと思う。
    武将としてはあっさり策に乗ってやられちゃううっかりさん。

  55. じゃ、自分は本田忠勝で(´・ω・`)

  56. やっぱ 松平 健 にしておく

  57. 武士ならば、平安時代のモビルスーツこと鎮西八郎。

    刀が主武器になったのは江戸期。
    それも決闘などで無くルール無用の殺し合いをしてた幕末期。
    剣ならば、幕末期の人切あたりが最強クラス。

  58. 示現流の東郷重位を上げておこう。

  59. 戦艦武蔵が宮本武蔵から名付けられたっての、ディスカバリーでやってたアメリカのドキュメンタリーでも言ってたわあ。
    まあそれだけ有名だってことだけどさ。

  60. 最強は、幕末の誰かじゃね?
    初代が考案した技術を、ただ伝承していくだけじゃ流派が保たんだろし。
    まぁ、技術は進化しても、人間の基本スペックは殆ど変わらないだろうし、なんとも言えないんだが・・・

  61. 五輪の書で「強さを求めてきた人生の折り返し辺りで『強さってなんだろう?』に行きついてしまった」みたいなことを、宮本君は書いてますよ。
    強さとは何なのか。
    最強は誰かとか、考えると難しいよね。

  62. 番場 蛮
    なんせ、外人討取りまくったからなぁ

  63. 細川家に仕官つったって
    「俺は千石取りが妥当」という
    アホみたいな自己評価をスルーされまくって
    ディスカウントの果てに拾われた程度の…

  64. 武蔵は本当は尾張藩に仕官したかったんだよ

  65. なぜ塚原卜伝の名が上がらないのか
    最強奥義「一の太刀」は、理論上は最強の必殺技だぞ
    まぁ、上泉信綱、宮本武蔵、伊藤一刀斎、この辺りは本当に誰が最強かわからんな

  66. 最強のサムライソルジャーは”小野田寛郎”だろうが

  67. 戦場では日本刀ではなく、槍が主武器だって話がある。
    それはそうだが、例えば幕末の京都。新撰組などの戦い。

    狭い路地での混戦や、池田屋みたいな屋内戦がメインになるから、
    長い槍や薙刀では振り回せず不便。
    また、当然ながら敵も味方も誰も鎧なんか着てないから、
    人肉を斬れればそれでいい。それ以上の「破壊力」は不要。

    西洋の、重い分厚いグレートソードなんか、文字通り無用の長物。
    重さの分、不利になるだけ。

    つまり、ありとあらゆる意味で日本刀がダントツ最強最高の、
    最も有用な武器となる。槍や薙刀の達人は出る幕が無い(ゼロでもなかろうが)。

    結局、状況によるってことだ。

  68. 桃太郎だろ

  69. 「五輪の書」は現代にも通じると言われているな。
    剣に限らず武道を志す人は一読の価値あり。

  70. 記録上で実際に討ち取った首の数でいうなら塚原卜伝かな。212人は葬っている。
    戦場働き限定なら本多忠勝。桶狭間から関が原まで、最前線で57回も戦に出て傷一つ負わなかった。朝倉勢1万に1騎で立ち向かって生還しているし、秀吉16万の軍勢に500騎で立ち向かって足止めしている。
    剣技限定なら薬丸兼陳かね。幕末の薩摩下級藩士の剣技の始祖。抜きは回避不可能な必殺剣だし

  71. 伊藤金左衛門とかいう別の意味で最恐の侍

  72. 俺は上泉推し。
    創作でいいなら座頭市もアリ。

  73. 剣の技量で言うなら柳生兵庫助じゃないか?
    実戦は武蔵が上だと思うが

  74. ここまで永倉新八なし
    新撰組最強の剣士

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