親日国タイの反応

日本の戦国時代の黒人のサムライ「弥助」を見たタイ人の反応

    2016年2月7日 17:48

安土桃山時代の織田信長の家臣弥助(彌助)のことがタイで紹介されていました。珍しい外国人のサムライを見たタイ人の反応をまとめました。

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日本の戦国時代の肌の黒いサムライ

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サムライは武士道精神に忠実に生きた誇り高い日出る国の勇敢な戦士です。しかし、遠く離れた地からやってきた外国人で、サムライになったものもいたのです。彼は肌の黒い黒人だったのです。

(以下、日本のWikipediaから引用。ほぼ同等の内容がタイでも紹介されていました)

弥助の出自については、フランソワ・ソリエーが1627年に記した『日本教会史』第一巻に記述がある。イタリア人の宣教師(伴天連)アレッサンドロ・ヴァリニャーノが来日した際、インドから連れてきた召使で、出身地はポルトガル領東アフリカ(現モザンビーク)であると記されている。ヴァリニャーノは日本に来る前にモザンビークに寄港した後インドに長く滞在していた経験があり、弥助が直接ヴァリニャーノによってモザンビークから連れてこられたのか、それとも先行してにインドに渡っていたのかはこの文章からは不明である。天正9年2月23日(1581年3月27日)に、ヴァリニャーノが信長に謁見した際に奴隷として引き連れてこられた。

『信長公記』には「切支丹国より、黒坊主参り候」と記述されている。年齢は26歳~27歳、「十人力の剛力」、「牛のように黒き身体」と記述される。

天正9年3月11日(1581年4月14日)付でルイス・フロイスがイエズス会本部に送った年報や、同時期のロレンソ・メシヤの書簡によれば、京都で黒人がいることが評判になり、見物人が殺到して投石が起き、重傷者が出るほどであった。初めて黒人を見た信長は、肌に墨を塗っているのではないかとなかなか信用せず、着物を脱がせて体を洗わせたところ、彼の肌は白くなるどころかより一層黒く光ったという。

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本当に彼の肌が黒いことに納得した信長はこの黒人に大いに関心を示し、ヴァリニャーノに交渉して譲ってもらい、「弥助」と名付けて正式な武士の身分に取り立て、身近に置くことにした。天正10年4月19日(1582年5月11日)付けの『松平家忠日記』には、「名は弥助、身の丈六尺二分、黒人男性、身はすみのごとく」とその容貌が詳細に記述されている。信長の甲州征伐の完了に伴う帰国途上での出来事で、弥助もこれに従軍していた。イエズス会日本年報によると信長は弥助を気に入り、ゆくゆくは殿(城主)にしようとしていたという。

また、金子拓によると、『信長公記』の筆者である太田牛一末裔の加賀大田家に伝わった自筆本の写しと推測される写本(尊経閣文庫所蔵)には、この黒人の名前を弥助とし(「彌介」ではない)、彼が私宅と腰刀を与えられ、時には道具持ちをしていたという記述がある。

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天正10年6月2日(1582年6月21日)の本能寺の変の際には弥助も本能寺に宿泊しており、明智光秀の襲撃に遭遇した。信長が死ぬと二条御所に行って戦った末、明智軍に捕縛された。家臣にどう処分するか聞かれた光秀は「動物で何も知らず日本人でもない」との理由で命は取らず、南蛮寺に送った。この処遇は光秀の黒人に対する蔑視を表していると考えられる一方、弥助を殺すことを忍びないと思った方便であるとの意見もあるが、真相は不明である。

その後の弥助の消息は分かっていないものの、その後の他地域の史料の中に黒人が登場するものがいくつかあり(フロイスの『日本史』の、沖田畷の戦いの記述の中で、大砲を使って活躍した有馬方の黒人が出て来る等)、それが弥助ではないかとする説がある。ヴァリニャーノは信長の前に有馬晴信にも謁見しており、沖田畷の戦いの前哨戦において有馬方を支援している。この黒人が弥助であるならば、主人を失った弥助が面識のあった有馬家を頼ってここまでやって来た可能性もあると指摘されている。もっとも、この時代に日本へやってきた黒人は大勢存在しており、この黒人が弥助であったかどうかを裏付ける資料は現在のところ見付かっていない。

http://ja.wikipedia.org/wiki/弥助

タイ人の反応

  • カッコいいね。
    こういう話、大好き。 :onionhead051:
    でも、トゥワイトゥーンは読んだことないけど。 :onionhead046:
    (トゥワイトゥーンは世界の歴史などを扱ったタイの雑誌です。下の写真)
    CB05
  • 僕は屋台でトゥワイトゥーンを読むのが好き〜 :onionhead017:
  • 面白い話だね。
  • 素晴らしい、中身のあるスレッドだね。 :onionhead051:
  • ジョーイ(ガーナ出身のタイのコメディアン。下の写真。)に似てる?
    230px-โจอี้_เชิญยิ้ม
  • 凄く興味深い話、ハリウッドが映画を作りそうだね。 :onionhead035:
    • ほんとほんと、僕はジェイミー・フォックスが思い浮かんだよ。
  • もしマサイ族から来てたりしたら凄く強そうだね。聞くところによると彼らはライオン狩りをするらしいし。
  • もし漫画の織田信長を読んだことがあれば、分かるよね。彼のことも書かれているから。
  • 物凄く面白い話〜。^_^
  • サスケといえば木の葉の忍者でしょ。
  • アメリカにいなくて良かったね…
  • ハリウッドで映画化してほしいね。ウィル・スミスが演じるのを見たいけど、年が違いすぎるかな。
  • 完全にバロテッリ!
  • サムライの歴史に関する話、もっとないの〜?
  • ウィッチャイェーン(コンスタンティン・フォールコン、タイのアユタヤ王朝・ナーラーイ王時代の政府高官でイタリアとギリシャのハーフ)を思い出したよ。
  • 織田信長を戦いの鬼みたいに考える人もいるけど、僕は本当に彼の考え方は日本の歴史を大きく前進させたと思うよ。西洋式のものを取り入れたお城、鉄砲隊の配備、西洋甲冑を取り入れた具足、そして黒人のサムライを召し抱えたこと。最初は信じられなかったよ。
    NHKの「軍師官兵衛」を見て凄くビックリしたからね… :onionhead021:
    栄華の極み
  • 凄い。これは伝説だね。 :onionhead051:
    アジア人でこんな風に海外で武功を上げた人っているのかな?
ซามูไรผิวดำของญี่ปุ่นในยุคเซ็นโงคุ, facebook
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日本人の反応(98コメント)

  1. アジア人で武功を上げた人か
    アメリカの日本人部隊は有名だよね
    あとはチンギス ハンとかかな

    • 侍でって意味だと思うよ。

      • 山田長政知らないのかよ、つーかタイ人も知らないのか

        • 日本で、ということじゃないの?

  2. 実際に映画化したら面白いけど
    弥助の最後をどう描くかだよなー
    ラストサムライの焼き直しになるんじゃないか?

    • また、奴隷に戻るのも悲しいし
      その後消息を絶ってってゆーのも、当時の日本じゃ目立ちすぎて難しい

      • 消息不明って、物語を作る人にとっては美味しいんじゃないの?

    • 主役:ボビー・オロゴン

  3. >出身地はポルトガル領東アフリカ(現モザンビーク)である

    近頃は東南アジアの出身という説も。

    • それだと肌の色が
      「墨のような黒」じゃないじゃん。

  4. マダガスカル出身で生まれた村も特定されているらしい
    再び宣教師に連れられて日本を離れたそうだけど、あの時代のことだから
    生まれ故郷には戻れなかったんだろうなあ

    • 故郷に日本文化が届いた説もあるんだが
      中国が世界に先駆けして大航海してたから、確かな事は言えないんだよな
      でも弥助が故郷に帰って直接伝えた説が夢あって好きだ

    • あの当時の長期航海なんて高確率で死ぬ時代だから
      遠く離れた故郷へ帰りたいとも思わないだろ

  5. で、あの写真は何?
    まさか当時の写真だなんて言わないよね?

    • 確かにw
      赤ちゃんぽい子供は黒人だよね?

  6. 官兵衛見てたのかw

  7. フィクションでいいなら「アユタヤから来た姫」とかドラマ化してくれないかな
    好きな題材だし、ちょいといじれば面白くなると思うんだけどな

  8. 逆にタイ人は山田長政とか知ってるんだろうか。

    • 2010年頃タイで映画化されてたよ山田長政の話
      ちなみにアクション映画

      • つべにあったよ
        Yamada: The Samurai Of Ayothaya Full Movie – English Subtitle – [2010]

  9. 当時の日本人は結構日焼けしてただろうし、農民は土汚れで真っ黒だっただろう
    欧米に比べれば外見的な抵抗は無かったんじゃないかな
    彼らの生活様式を知らなかったから見下すこともないし

    • 体格が違いすぎるから、むしろ畏敬の念があったんじゃないかな
      信長は相撲好きだったし、体がでかくて強い力士は尊敬の対象だったし
      実際、弥助は相撲が強くて信長を喜ばせたとか記述があったらしいよ

  10. 敵の将をとれば無駄な殺生はしない、戦国時代、至極当たり前のこと。
    弥助もただ普通に解放されたのであり、光秀の蔑視説は誤りです。

  11. >アジア人でこんな風に海外で武功を上げた人っているのかな?
    タイで活躍した山田長政がいるじゃないか
    タイじゃ有名じゃないのかな?

  12. 日本人も東南アジアあたりの異国で将軍(軍団長クラス)になったやつはいたみたいだね。

    >動物で何も知らず日本人でもない
    文章を素直に直訳すれば
    日本語がほとんどしゃべれない異人(今の基地外左翼が気にする肌の色云々の黒人という表現より単に異人さんと考えたであろうことが自然)
    こう解釈するのが自然でしょ?

    信長が彼のことを大変気に入っていたことはだいぶ前に知った時に聞いてはいた。
    ゾマホンとかのところの国の近くの人とか最初紹介されていなかったっけ?
    もし日本語が堪能なら歴史に名を遺せたかもね。
    日本人の気質的にもましてや実力主義の信長配下の他の武将たちからしても身の丈があって筋肉隆々で異国の事情を知っているというだけでも彼を気に入っていただろうけれど。

    殺されなかったことはまさにそれを表しているんじゃないか?
    最後まで日本語もまともにしゃべれない異国の者が(奴隷から解放して日々の食事も身分まで与えてくれた)主のために獅子奮迅に忠義をはたし働いたもしくは日本語がしゃべれないので自分を守るために自己防衛として戦ったと光秀配下の諸将からすれば判断するよりなかったというだけではなかろうか?
    暴れているから捕えはしたし信長の配下としての身分は信長からは保証されてそばにいたことも事実ではあるが日本人とみなさるほどには時を経ていない状態で教会から譲られたという事情も知っているだろうし敵となったというよりもむしろ日本語もしゃべれない者を関係ない国の戦いに巻き込んでしまったという思いしか起こらないのではないか?

    • 句読点って知らないのかな。
      仕事できないんだろうなぁ、このオッサン。
      読ませる気がないなら、端からコメントなんかしなけりゃいいのに。

  13. 弥助に関しては本人の資質もあるだろうけど
    (日本語をマスターしてたらしいし)
    やっぱり取り立てた織田信長の特異性じゃないかなぁ

  14. >153294
    弥助は信長に会ったときには日本語をすでに習得してたらしいよ
    どうでもいいけどどうやって当時の宣教師たちは日本語勉強したのかね

    • 当時の東南アジアでは日本人街ができる程度の日本人がいて商売をしていたらしいから、そういう人らから教わったんじゃないの

    • 日本語おぼえたはいいが、「薩摩訛りひでぇwww」
      って馬鹿にされていたらしい
      薩摩訛りどころか、薩摩人でも「…え、と」ってなるレベルで
      ホントかどうか知らんけど「ゴッドの教えを広めにキマシタ」→「ブッダの教えを広めにキマシタ」
      と勘違いされてすんなり「ありがたや、ありがたや」とされて必死に訂正したとか
      まあ、「ゴッドの教え」を農民にすら全否定されるのはあとのことだけど

      • 長崎にいたオランダ人の自作の辞書が長崎弁だったのを思い出したわw
        あぶなか!とか書いてあった気がする

  15. >この時代に日本へやってきた黒人は大勢存在しており
    子孫は残さなかったのかね?

  16. 俺もすぐに山田長政が浮かんだ。

  17. 神につかえる宣教師が召使の奴隷をつれてるとかやっぱおかしな宗教だなw

    • 奴隷が良くないって価値観が当時には存在しないからね。いまの時世とは社会構造がちがう。奴隷がいなければ成り立たない封建社会だったんだよ。十戒も仏教にも「奴隷はいけない」とは書いてない。日本の平安時代じゃ人間としてすら見られない人たちも居たんだよ。

  18. ※153295
    日本語を日本語で直訳したら言葉通り
    「動物で何も知らず日本人でもない」としか言いようがない。
    あなたのように言外の意味も考慮して解釈するのは意訳と言う。

    • ※153295じゃなくて
      ※153294宛だった。

      • 何でもいいけど、レスは真下にぶら下げるべきかと。。。

  19. マジでハリウッドやってくんねーかなー

  20. 緒形直人の信長には弥助登場してたな
    その後の大河には出てきてないと思うけど

    • いや、出てきている
      竹中直人の秀吉では本能寺の変で討ち死にしていた

    • 官兵衛にも出てきたよ

  21. 写真は誰なんだよw
    弥助さんの時代には写真そのものがまだ無かったし
    髷ゆうてはるぽいけど、ストレートパーマがあった??

    • 江戸時代の終りごろか明治の初めに日本に来た人がコスプレして撮った写真だろ

  22. チンギーみたいなイケメン黒人でハリウッド映画化したら面白そう

  23. 東南アジア人説もあるのか
    しかし六尺二分って180越えで当時としちゃかなりデカイだろ

    • まぁデカいけどそれ以上にデカいのもチラホラいる
      利家と同じ位の身長だね

  24. 映画にするなら同じ外国人侍でも山科勝成の方が人気出ると思う。

  25. いつの時代か忘れたが京都にはけっこうペルシャ人がぶらぶらしてたそうだな

    • そんなのデマ、幕末の天皇も異国人に絶対会わなかった
      天皇よりも上で書かれてる平安の公家達が、変なものが京都歩いてたら大騒ぎする
      当時の彼らにとって顔濃いのは鬼か蛮族、西側の人達も南蛮
      公家が直接外国人と対面することも無かったと思うよ

    • 飛鳥時代だね
      そういう学説はあるらしい。

      • なるほど飛鳥ね、蘇我も他も色々隠されてるからね

        • 続日本紀「波斯人李密翳らに位を授くること差有り」
          奈良時代。聖武天皇の御代で聖武天皇が位階を授けた。
          当然、蘇我氏宗家(と幾つかの分家筋)は既に滅んでいる。

          それに平安時代ではないが、遺臣より前、戦国時代には京都に南蛮寺があって、
          朝山日乗を筆頭に反対する者も多かったが、宣教師が京の町を歩いている。
          有馬氏に嫁いだ公家の中川氏(権大納言)の娘は切支丹になってもいる。

          • あのさ、聖武天皇は昔の側なんだ。この時代派閥があって、革命側と旧側が朝廷内で争ってる。聖武天皇のご子息安積親王は殺され、古代からの氏族大判氏が大号泣、とうとう目に見えて動いてしまい犯人を切ってしまう。大伴氏は後に落とされるきっかけを作ってしまった。
            飛鳥でも奈良でも平安でもまだまだこういう事は続く。旧側朝廷はペルシャ人でも新羅人でも大丈夫だろうね。
            あと蘇我氏は有名だから出したけど、まだまだ沢山蘇我氏の様な人達はいてるよ。

            キリシタンは戦国時代は著名人とおそらく貧乏村に流行る。ただし公家は完全仏教なんで、中枢は難しいよ。仏教同士も派閥があって潰し合いしてるしね。

  26. 軽視はしてないな仮にも敵を寺に送るというのは最大の情けだ

  27. 海流の関係で古い時代からマダガスカルは
    東南アジアからの移民があったから
    弥助に東南アジアの血筋が入っていてもおかしくはないね。

  28. タイの侍といえば山田長政だが話題にならないのか

  29. 光秀が弥助を助けたのは知らなかったな。さすが頭が良くて、情のわかる武将だな。

  30. 光秀はイキだな
    「動物」という表現を引っ張り出したのは黒人日本人問わず戦利品としての奴隷に対する当時の社会の認識である事は間違いないと思うし、「何も知らない」というのは戦に巻き込まれた
    異邦人への配慮だと思うし、念押しの「日本人でもない」というのは光秀の人となりが見えてくる

  31. トップの写真は当時のものだな
    写ってるのが弥助だよ

    ざっと450年前、よく保存してたなって感じだ

  32. 日本にも黒人さんが増えてきたし、稲川素子事務所に登録されてる
    黒人さんもいっぱいいろうだろうから、信長を扱うドラマだともう普通に
    彌助がでてくるよな。

  33. ※153321
    同じこと思った
    最近のタイ人は知らないのかもね

    • 返信
      ↑の文字は見えないの?

  34. 世界ふしぎ発見で、弥助の故郷を訪れてたね。
    その時、多くのアフリカ人がポルトガル人に奴隷にされて連れて行かれたとある。
    だから、モザンビークで間違いないと思うよ。
    ポルトガルの宣教師どもは、マカオにいろいろな人種を集めて、
    そこで、いろいろな民族を交配させていたそうだからね。
    今でいう、人体実験みたいなもんかな。
    あいつ等は、それを楽しんでいたみたいね。
    これで、日本人も集めて連れていった事がバレて、
    打倒キリスト教となる訳だけど。
    まあ、弥助は日本にとって、よい外国人だったのは間違いないね。
    奴隷として生きるより、大事にされたって事は良かったかも。
    ただ、弥助は言葉も風習も分からず、寂しかったと思うと気の毒ではあるけどね。

    • 大航海時代以降、欧州諸国が新天地で原住民に遭遇した場合、まずローマ教会に ”彼らは人間か?” と問い、”人間である”と言われると対等に近い態度で接するが、”半人間である”と
      言われると奴隷狩りの対象となった。おかげでアフリカや米大陸の住民はとんでもない辛酸を舐めさせられる事に。日本人や中国人がそれほど酷い扱いではなかったのは(まあ一部で奴隷貿易は行われており秀吉はバテレン追放令を出すが)ローマ時代から知られていた中国文化やモンゴルが強かったこと、当時の日本の軍事力などにより人間判定されたため。ヨハネパウロ二世の謝罪は、そういった過去の姿勢なども含めた包括的なものだよ。

  35. あぁあぁ弥助さんかい?
    気立てのええ人だったよ

  36. 15~18世紀の東南アジアは凄いロマンがある。
    中国系の商人が広大な物流網を築き、それにポルトガル、オランダが海賊まがいのやり方で切り込んでいく。そしてそれを東南アジア諸王朝が利用し、やがて食い物にされていく…

  37. 当時の文化に則って、追い腹を切って果てる最後じゃない?
    晩年は誰に仕えてたのか知らないけど

  38. ハリウッドが映画化なんかしたら人喰い人種達に奴隷として連れ去られた白人が主役の話になるんじゃないの?

  39. 映画にするなら秀吉とマブダチの設定にして、
    南蛮寺へ送られる最中に秀吉軍と出くわして救出、
    秀吉の手勢に加わり光秀を討った後に、
    「親方様亡き後日の本にお前の居場所は」とかいって
    秀吉と涙の別れ、故郷に帰っていくハッピーエンドで行こう。

  40. 召使?奴隷?

  41. ボビー・オロゴン主役で2時間ドラマっていうのはどう?

  42. タイ人は「山田長政」と言われても知らない。
    「オークヤー・セーナーピームック」といえば分る。
    「オークヤー・セーナーピームック」は山田長政のタイでの官名。
    タイでは近代まで官名を貰った人はその官名が本名になる慣習があった。

  43. タイはずっと日本ブームでいてくれてるなぁ。
    日本人もタイ好きだけどさ。
    ただ、タイって歴史に今の王族が絡んでるものが多いから歴史ドラマが作りにくいよね。

  44. 召使いとはうまいこといったもんだなぁ

  45. お~高校のとき弥助を主人公にして前後編48ページの漫画にしようとしたけど断念したんだよ。俺の場合マイペースで描いて半年は食うしな。
    半分はレポート作るようなもんだし当時は纏められる自信がなかった。ネット環境もなかったしさ。へうげものに弥助出てきて先越された~と思った。
    今でも趣味で漫画描いてるけど48ページでは無理だな。描きたい事が増えに増えた。当時は資料紹介的な学習漫画ノリで考えてたけど、今ではちょっと脚色入れたいし。
    弥助風呂上り→サイズの合う服がない→利家(身長同じくらいらしい)が泊まったとき忘れてった着物を着る→の縁で利家から体格を活かした槍術を教わるみたいな。弥助は槍持ちしてたみたいだしね。
    あと「お前達は人間のくせに手づかみで食べないのか? その棒は何?」とか「家のために戦うっていうけど、お前が死んだら残された家族や部下はどうすればいいの?」
    みたいな戦国時代の日本と異なる価値観をぶち込みたかった。弥助はわかってることが少ない分、好き勝手に妄想して描ける。

    信長は当時の感覚的には特別残虐なわけじゃないと思うの。第六天魔もはじめは自称だし、焼き討ちや皆殺しも大半は現場の柴田とか光秀とかあの辺の奴の指示っぽいし。
    付城戦術を発展させてからは「なんか工事してたら敵が勝手に降伏してたわ」って戦も多かったと思うんだよ(火もずっと使ってたが)。
    信長はお気に入りの部下を贔屓してその他の部下からの人望ないのを棚に上げて「こいつら俺の言うこと聞かねぇ~」とか思ってそう。

  46. アニメだと「へうげもの」に出てきたね。 NHKに気に入られてる?

  47. 黒田官兵衛が大河ドラマとか今でも意味不、こいつ南蛮人に領民を奴隷として売り捌いた糞野郎だぞ

  48. 弥助は仏法僧になって駿河城で御膳試合をしたんだよ

  49. あらざる者と奴隷のどこが一緒なんだ。
    それなら7歳以下の子供だってあらざる者だ。
    だが子育てに拳骨すらなかったというし。
    万物の霊長なんて思い上がりそのものが日本ではつい最近のものだ。
    作られた絶対正義の元での概念に毒された発想だ。
    絶滅動物なんて維新後だ。

  50. 名前は忘れたが日本に漂着して徳川家康の侍になった外国人が居た筈(外洋航海可能な船の建造を総監督)←当時中距離船しか無かった。
    を完成した見返りに1,000石(足軽20人分の給与)侍に出世
    ポルトガル船長と出会い帰国のチャンスがあったが喧嘩別れをして故郷に帰れなかった、彼の死後財産の半分は日本の家族(日本人の奥さんを貰っている)に残りの半分は故郷(またポルトガル船長経由で送ってもらっていた筈)の家族へ送金している。

    • 三浦按針?

  51. お前ら知らないの?
    弥助の子孫が松崎しげるだよ

  52. 大黒天とかいたし、黒い肌も受け入れやすかったのかね
    遠い異国につれてこられて、そこで自分の力を見出されて出世して
    ラノベできたな

    • 大黒様はそういう意味じゃないよw
      秀吉も崇拝してたし、大阪の街では昔から最近までエビス様とセットで愛されてた。
      隠語なんだよ、大阪の場合は。
      エビスさんは日本の神だし大黒さんも同じ。

      • 大黒天はヒンドゥー教由来でシヴァ神の化身と言われているマハー(偉大な)カーラ(暗黒)だよ
        肌も青黒~漆黒と伝えられている

        そういう渡来神がいる事を知っていたからこそ、信長公も現実にそういう人間がいる事を知り、ますます世界の広さと言うものを実感したんじゃないかと思う
        天下統一を急いだのも、実は世を安定させて自分が海外を見聞しに行きたかったからだったのかもな

  53. ワタシハサムラ~イ
    ワタシハハタモト

    • ワタシヘイミン

  54. モザンビークには「ヤスケ」に似た発音の
    スタンダードな名前があるんだとさ

  55. 明智の話、半分蔑視もあってのことだろうね。
    白人は南蛮人。蛮の字が入っていて蔑視してる部分がある。
    黒人だからって意味ではなく外人だからって感じだろう。

  56. この役はアントニーにやらせろ

  57. なぜいまだに映画化されていないのか・・・

  58. 信長の側近だか姫の侍女だか忘れたけど
    お付きの人らに箸で食事するよう何度も注意されたけど結局最後まで手掴みだった
    って文献に記述があったはずだよ
    動物発言はその辺の印象もありそう

  59. 召使では無く、荷物持ちな。

  60. で、この写真のサムライは弥助ではなくただの地黒の日本人ですよね。

    • だよなあ。
      前の二人が主だから、照明が当たってなくて黒いだけ

  61. 何とも思っていなければ邪魔をする犬猫の如く切り捨てるだろ。
    ツンデレだな明智光秀

  62. この話、信長らしい気がする。
    既成概念とか嫌いそうだから。当時有り得なかった宗教施設焼き討ちする人るひとだからね。

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